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2009年6月29日 (月)

6/29/2009

空気が湿っていて、うっとおしい。役所に行って住民票の更新、国民年金の再開。国民保険、これどうしようか。。。車の免許更新は、ペーパーテストを受けなおさなければならない。

高校時代、しばしば行っていたラーメン屋で昼食。米国に長くいたので、口に合わなくなっている。塩味がきついし、焼き飯もねばねばしている。インディカ米に慣れてきたからか。餃子は久しぶりで、感動したけれど。

来月は、コンピュータのことで勉強計画。

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2009年6月28日 (日)

帰国(6月27日)

 ロサンゼルスのホテルの近くのレストランで朝食後、空港行きのシャトルバスで、国際空港へ向かう。大きな空港だけあって、混雑して、荷物のチェックなどで2時間かかった。昨日、一つの鞄が重さ51lbを超えていたので、50ドルとられたが、荷物を2つに分けたおかげで、今回は49.8lbとなんとかセーフ。お金はとられず。ただ、検査の段階で、ひげ剃り用のシェービングクリームは駄目、ということで没収された。

 飛行機の隣の席の中学か高校生ぐらいの日系アメリカ人の男の子と、仲良くなる。こういう風に年齢関係なく、フランクにつきあえるのは、アメリカのいいところ。

11時間ほどの辛抱の後、成田空港到着。京成特急、新幹線で実家に帰宅。日本の家、車、道路など小さい。。。ガリバーの小人国の冒険みたい。車も左側走行で異様。女性専用列車ができていたのも驚いた。重い荷物抱えて発車時刻もすぐなので、間違って入ってしまった。全然知らないので、落ち着いて周りを見たら、女性ばかり。女人の国に来たのか、と思ってしまった。長く米国にいたので、日本の雰囲気は異様だよ。。。。車両の窓を見てみたら、「女性専用車両」になっていた。別の車両に移ろうと思ったが、電車の走行中に大きな荷物を動かすのは、少し危険なので、次の駅まで10分ほど辛抱するしかない。視線は荷物だけに固定して、「大きな荷物抱えて、疲れている。痴漢する元気はありません。」という雰囲気を出しておく。こういう車両は、女性には悪いけど、メスの匂いぷんぷんで気持ち悪い。

日本の店など、米国に比べて礼儀正しく、新鮮に映る。ただ米国のお客と店員の関係は平等である、お客は神様ではない、という習慣に染まっていたので、駅員さんや店員さんにそういう態度を出したら、相手にもそれが伝わったのか、にこやかに、礼儀正しく対応してくれる。こういうところは、今後も大切にしていきたい。

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2009年6月26日 (金)

さらば、テキサス(6/25/2009)

今、ロサンジェルスのホテルにいる。明日の昼、日本へ飛び立つ。
午前は、部屋の掃除とアパート契約解除。午後は銀行の口座を閉じる。受付のおばちゃん、頼りない。書類の番号良く間違える。大丈夫かな。ボスに最後の挨拶。ボス曰く「君がしばらくいなかったけど、研究室の士気がすっかり低下したよ」。言葉がうまく通じない分、勤勉さをアピールするしか無かったから、こう言われてしまった。
隣の研究室のメキシコ美人(メチスーソ)シルベナさんが、私が出て行くことを知っていた。少しお話しして、さようなら。彼女、この前の遺伝学会でポスター賞をもらった。また、GENETICSに論文が通った。おめでとう。
中国人の同僚が車で、空港まで送ってくれた。彼とは長い付き合い。小泉さんの時、日本と中国は仲が悪かったが、彼は私に気遣って、「うちの息子、日本のアニメとか好きだよ〜。僕も日本、行ってみたいなー。日本人、胡耀邦のことは好きだけど、江沢民は嫌いでしょ。彼は日本に対していいことしなかったから。」と話していたものだった。彼には、「日本に来るチャンスがあれば、連絡して」と伝える。
空港で1つの荷物が重すぎて、手数料50ドルとられた。明日は手数料とられないように、ホテルで荷物を2つに分ける。ダラスフォートワース空港でロサンジェルス行きの飛行機を2時間ほど待つ。途中、空港で夕食。サラダとジュースを注文しただけで10ドル超える。高い。。。
ロサンジェルス空港からホテルに向かう。ホテルへのシャトルバスがあるはずなのだが。。。見つからないので、タクシーを拾う。10分ほどの運転で25ドルとられた。下手な英語から、多分ボラれたかもしれない。口論してもしょうがないし、一応、重い荷物をトランクに詰めたり、出してくれたから、チップだと思って払う。ホテルに着いたら、シャトルバスがちゃんとあった。「ああ、なんてこった」。

Dallas

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2009年6月25日 (木)

6/24/2009

午前は車の引き渡し。結局、車を買うのは、中国人の同僚。彼の奥さんが今、テキサス大学オースチン校で勉学中で、別居状態(悪い意味ではない)で、車を持っていない。そこで、彼は、彼女の分の車がいるということで、私の車を購入することである。一緒に、役所に行き、車の車両登録をする。その後、彼のアパートに行き、車を引き渡す。彼の部屋で、雑談した後、アパートに戻り、部屋の掃除。捨てるのがもったいないものが、ちょこちょこ出てくる。
夕方はジョギングと、水泳。

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2009年6月24日 (水)

(6/23/2009)

暑いので、外に出て何かをすると疲れる。
日本に荷物を送るが、船便がもう無くて、航空便のみ。お金が倍以上かかって、困ってしまった。段ボール1箱分送ると、軽く100ドル超えてしまう。運ぶのは最小限に押さえておく。結局段ボール5箱分。

部屋のお掃除はほぼ完了。台所の拭き掃除のみ残す。

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2009年6月23日 (火)

6/22/2009

灼熱の日が続く。車のエンジンオイル交換と洗車。ぼろ車は、これまでよく走ってくれた。

段ボール箱に荷物を詰める。箱は最小限になるようにする。本は詰めると、重たくなるわ。
夜は、水泳。

明日は、部屋の大掃除で忙しくなる。

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2009年6月22日 (月)

(6/21/2009)

今日はDVDレンタルを観る。ニコール キッドマン主演の「オーストラリア」。先住民のアボリジーニと白人の交流のストーリー。第二次世界大戦辺りまでは、同化政策としてアボリジーニは、イギリス式の教育を無理矢理受けさせられ、彼らの世代をStolen generationという。それに対するアボリジーニの悲劇を表現するのが、この映画の目的のようだが、ハリウッド映画らしく美男美女の恋愛とハッピーエンドが中心。さらに、オーストラリア北部に空爆を行った日本軍の残忍さが強調されていて、同化政策に対するアボリジーニの悲しみがうまく伝わっていなかった。

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2009年6月20日 (土)

6/19/2009

暑い日が続く。部屋の整理整頓も終了。いろいろ仕事の進行のことを、考えるこの頃。
ジョギングと水泳を無理しない範囲でする。
車の販売のための書類作成。

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2009年6月19日 (金)

6/18/2009

今日は、文献検索。昼間は暑いので、プールで泳ぐ。
夕方は、中国人の同僚と、ベトナム料理店で夕食会。どうもありがとう。
彼の取り巻きの中国人達の情報が入る。大陸らしく、彼らはいろんなドラマがある。
帰国まで、あと1週間。

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2009年6月18日 (木)

(6/17/2009)

旅の疲れが、昨日はどっと、出てきた。高校時代、耐寒登山の翌日、体育の教師が「君らは、今日は疲れているでしょう。僕ぐらいの年齢では、2〜3日後に疲れが出てくるんです。」と話していたのを思い出す。私は、その体育の先生と同じぐらいの年齢になって、疲れが2〜3日後に出るようになった。

今日は、論文を読んだり、文献の検索。研究の構想を練る。

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2009年6月16日 (火)

6/15/2009

午前は研究室に行き、大学のインターネットを使って、論文のダウンロードのしまくり。研究室の人達に、お土産を渡す。退職金積み立ての小切手が届いたので、早速銀行振込。銀行の人が、色々話してくるけど、この辺の英語はさっぱりわからない。

午後は、洗車場を借りて、車を洗う。テキサスは、ニューメキシコと違って暑い。洗濯も済ませて、総説の案を練る。

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2009年6月15日 (月)

味気のない最後の一人旅最終日(6/14/2009)

テキサス北部アマリロから家まで、ただひたすらドライブ。幹線道路は景色も単調で退屈。眠気覚ましにガムをかんだり、頻繁に休憩を取る。テキサスにある小さな田舎町をいくつか通るが、風情があってよい。テキサス南部は暑い。すっかり日焼けしてしまった。ぼろ車もよく走ってくれた。これがぼろ車と私の最後のデートかもしれない。Dsc_0244
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2009年6月14日 (日)

味気のない最後の一人旅第4日(6/13/2009)

 午前はニューメキシコ州サンタフェ市観光。中心街にある市営駐車場に車を止めて、徒歩で2時間ほどブラブラする。町並みは、スペイン文化と現地のインディオ文化の融合。建物は多くがアドビ風。日本でいう積水ハイムのような建物。芸術家の青空個展がある。研究室の人達へのお土産を買う。Tシャツだけど。
 その後、車で北部のタオスに向かう。インディオの現住民の生活の観光。今日は写真撮影は禁止。入場料金は、なぜか学生料金5ドルで入れてもらえた。日本人は若く見えるからか。こういうのを見せ物にするのはどうか、と思うのだが、彼らの文化を理解してほしいという、願いもあるのだろう。インディオのパンケーキでお昼は済ます。ホットケーキとあまり変わらない。6ドルと少し高い。
 タオスから、山岳地帯を運転して、Eagle netという、町に入る。そこにある湖はきれい。そこから幹線道路40号線へ南下。途中の景色は草原地帯。鹿などがいる。テキサス北部のアマリオに到着。テキサス、オクラホマ、ニューメキシコを結ぶ交通の要地なので、ホテルが多い。明日は、テキサスの綿花都市であるラボックを経由して帰宅。


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2009年6月13日 (土)

味気のない最後の一人旅第3日(6/12/2009)

今日は、ニューメキシコ北西部のチャコ遺跡を見に行った。平安時代から鎌倉時代の、インディオの祭祀のための建築物。標高2000メートルのところにあり、涼しくて空気が乾燥している。岩には太陽の絵などが描かれている。この遺跡にたどり着くまで、非舗装道路を走らなければならなかった。
帰りは大変だった。旅行センターからもらった地図を頼りにしたのが間違い。カーブの多い林道を運転しなければならない羽目にあった。宿泊地のサンタフェに着いたのが、夜10時頃。明日はサンタフェ、タオス観光。テキサス北部アマリロで宿泊し、帰宅の予定。
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2009年6月12日 (金)

味気のない最後の一人旅第2日(6/11/2009)

朝8時すぎに起きる。ニューメキシコ州Carlsbad Caverns (鍾乳洞)に行く。入場料が6ドル。受付のおじさんが、「日本語の案内のガイド本があるよ」と言っていた。下手な英語から、すぐ日本人とわかるのだろう。エレベーターで地下に入る。人がたくさん来ているので安心。一人で鍾乳洞の中なんて入りたくないから。鍾乳石が卒塔婆のように林立している。薄暗いので、写真撮影が難しい。何回か失敗して、良いと思った写真は下の通り。お昼は鍾乳洞で済ませて、午後は州道180号線を通ってテキサス最西端のエルパソ市へ。この道路は荒野で、空気が乾燥して、近くに店もなく、3時間ずっとドライブできつかった。途中、"Heaven Desert"という地点を通ったが、「なにがHeavenだ」と思った。エルパソに着いたら、すぐコンビニでペットボトルの水を2本買って、一気にぐいぐい飲む。
エルパソから、北上して幹線道路25号線を通って、アルバカーキーに向かう。途中、メキシカンの不法越境の検問所でまた検査。私の場合は、検査が厳しい。外国人だからしょうがない。こういう検問所があっても、メキシカンの不法越境は後を絶たない。
Truth or consequenceという、変わった名前の町で夕食。メキシコ湾に流れるリオ デ グランドという川の支流が流れている。この町は、住民が全員、知り合いなんじゃないか、と思うような小さな町。アルバカーキに着いたのが夜9時過ぎ。


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2009年6月11日 (木)

味気のない最後の一人旅(6/10/2009)

テキサスにいるのも、あとしばらくなので、ドライブ旅行に行く。今、テキサス西部のVan Hornのモーテルにいる。網目のようなテキサスの州道で、途中迷ったが、幹線道路I35に入ると、道に迷わず、スムーズにドライブができた。メキシコ国境の90号線をずっと通った。途中、メキシカンの越境を見張っている検問所で、警察の尋問を受ける。日本人とメキシカンは、顔立ちと体型が似ているから、尋問もアメリカ白人と比べて厳しい。「英語、話せるか?」「どこから来た?」「パスポートと免許証を見せろ」「ビザの種類は何だ」「職業は?」など。メキシコ国境沿いの道路を通って、ビッグベン国立公園の山道沿いを走る。いくつかの写真を下に。。。。(写真をクリックすると拡大)。レストランの門でお座りしている犬が、可愛かった。褐色だったら、昔飼っていたダックスフントに似ている。明日は、ニューメキシコ州アルバカーキーで泊る。


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2009年6月10日 (水)

6/9/2009

大学のインターネットを使って、論文のダウンロードをしまくり。参考論文は、印刷するよりも、パソコンで保存しておく。日本は梅雨のようだけど、こちらは日差しがきつい。
昼は、ちょっとした買い出し。午後は、論文の目録作成。
夕方は、ジョギングと水泳。

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2009年6月 9日 (火)

6/8/2009

やり残しのDNA配列解析も無事終了。あとは、論文の形として、整理するだけ。風呂の水道の蛇口から、水が漏れるので、家主に修理を頼む。英語がうまく思い浮かばず、日本から持ってきた英文文例集から、"Tap water is running"があったので、それを使ったら、通じた。すぐ、修理してくれた。
論文の目録作成、総説の構成を考える。

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2009年6月 8日 (月)

MBL観戦(6/7/2009)

今日はジェリーの招待で、ヒューストンまで、プロ野球観戦に行った。ヒューストンアストロズ対ピッツバーグパイレーツの試合。球技場のすぐそばにある駐車場は20ドルもするので、少し離れたところで5ドルの駐車場で車を止める。
外野席なので、選手の背中しか見えない。しかも望遠レンズを持ってないので、いい写真が撮れない。日本人選手、松井稼頭央が、怪我で出場できないのは残念。ペンス、リー、バークマンのクリーンアップがきっちり仕事をしたので、6−4でアストロズの勝ち。7回に継投策に失敗して、同点に追いつかれたけど、4球で出たペンスが盗塁を決めて、リーがタイムリーヒットで勝ち越し。相手チームが追いつきそうな展開だったけど、なんとか逃げ切った。


アメリカ人選手は送りバントをしないから、併殺が多い。

7回に、球場あるテレビで、米国軍の放送が出て、みんな起立して、胸に手を当てて愛国心の表現。これ、わかんない。日本ではこういうことはしない。郷に入っては郷に従え、だから起立したけど。
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2009年6月 7日 (日)

6/6/2009

今日は昼過ぎに起きてしまった。論文の目録の作成と冷蔵庫の中の掃除。
事務のおばさんから、有給休暇をお金にして支払う、というメールが来る。有給休暇が10日分あるが、全然使っていないので、お金に換算されるらしい。どのぐらいの金額になるのかはわからない。
夕方はジョギングと水泳で、皮下脂肪を減らす。

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2009年6月 5日 (金)

6/4/2009

論文目録の作成。半分は終了。明日は、気合い入れて、浴室の掃除。ここの水道水は、アルカリを多く含むので、ひどいときは結石ができる。強アルカリ溶液で、カルシウム沈着物を溶かしてみる。
夕方はジョギングと水泳。米国に来てから、酒はほとんど飲んでないし、肉は油がきついので、魚介類に限定している。日本のようなコンパはないし。案外、健康的な食生活を過ごしているかもしれない。


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2009年6月 4日 (木)

6/3/2009

今まで読んだ論文の目録を、作成中。部屋の掃除、荷造りも少しずつ始める。荷造りは、段ボール箱6個分。これで郵送費200ドル以内に収まってくれたらいいのだが。知り合いの3人家族の日本人は段ボール箱40箱分あったとか。夕方はジョギングと水泳。

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2009年6月 3日 (水)

moving sale(6/2/2009)

moving saleのチラシ作ったら、同僚の中国人が、全部買う、という。研究室のメンバーに対する謝礼の意味合いがあるから、折りたたみ式の小型いすなどは1ドル、14型テレビは5ドルと、大安売りした。収益が35ドル。

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2009年6月 2日 (火)

6/1/2009

風邪が、完全に直りきっていない。夏風邪は直りにくい。夕方は、洗車。鳥の糞を洗い落とす。アパートのツバメも巣立った。
久しぶりにDVD、「Underworld」を観るが、全然面白くない。ドラキュラに支配されている狼男の反乱の話。英語は聞き取りやすい方だが、ファンタジーの世界の話なので、想像力を働かせないと、理解できない。


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2009年6月 1日 (月)

5/31/2009

参考論文が段ボール箱2箱分ある。これを輸送すると、金がかかる。日本からここに来るとき、参考論文を一箱分郵送した。1つ下のシニカルな後輩から、「どうしてこんなの持っていくんですか。あちらに行って、コピーすればいいじゃないですか」と言われたけど。紙がもったいないから、持っていった。でも、それらの論文はあまり読まなかった。
今回は、論文の要約をパソコンに記録し、論文自体は、紙のリサイクルに出す。几帳面な人は、論文の要旨など、メモに取るのだが、私はそういうことはしてない。

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